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洗礼者ヨハネの洗礼は社会の底辺の人間にとっては大して意味がなかった

投稿日:2017年7月15日 更新日:

目次

ヨハネがこの世と終末の後に来る世、義人と罪人、というような図式で洗礼を授ける活動をしていた

イエスと近い年齢の洗礼者ヨハネが、人々に洗礼を授ける活動をしていました。

今の世はまもなく終わって、新しい世が来る、罪人だと新しい世に入れずに滅びてしまうけど、悔い改めの洗礼を受けて義人になれば新しい世に入れる、というような感じで洗礼を授けていました。

水に浸す行為はこの時代この社会ではよく行われていた

洗礼を受けるときの水に浸るという行為は、ヨハネがいきなりやりだした訳ではないそうです。
この頃メジャーな行為だったらしいです。

この頃、イスラエルの社会では汚れると汚れを落とすために水で汚れをおとし、聖職者が聖なる場所に入るのにも水で汚れを落とし、聖なる場所から出てきたときも水に浸ったり、日常的に水に浸る行為をしていたらしいです。

その行為にヨハネなりの意味を付けて洗礼を授けたということらしいです。

社会の底辺の人たちはどの道「罪人」のポジションから逃れられない

売春婦や皮革関連の職の人などはかなり社会の底辺の方の人で、その職業についていることで罪人と言われる状況だったということです。

罪人と言われても、罪人呼ばわりされている人たちはたいてい他に職の選択肢がなく、仕方なくその職業で飯を食べていたそうです。

ヨハネの洗礼を受けたところで一時的な気休め

そういう罪人呼ばわりされている人々は、ヨハネの洗礼を受けたとしても、結局今の職で飯を食べていくしかないから、依然として罪人呼ばわりされました。

ですので、ヨハネの洗礼を受けてもただの気休めで、状況は何も変わりませんでした。
さらには、ヨハネの洗礼は一度きりの罪のゆるしの儀式なので、一度洗礼を受けて引き続き罪人呼ばわりされる生活に戻っていく社会の底辺の人々は、この先はもう罪のゆるしはなく絶望しか残らなかったとも考えられます。

今の世と終末の後の新しい世、義人と罪人、というような二元論の図式がナンセンス

そもそも、今の世と終末の後の新しい世という二元論、新しい世に入れる義人と入れない罪人、という二元論の図式がナンセンスだということです。

歴史を今の世と来るべき世の二つに分け、人間を義人と罪人の二つに分ける、というのがナンセンスだということです。

単純な二元論でものを考えていたらいつまでも底辺の人が差別される社会のまま

そういう二元論の図式でものを考えていると、結局人々からいやがられて罪人呼ばわりされるような職業でしか生きていけない社会の底辺の人々が差別されます。

ヨハネの洗礼で浮かれていたのは余裕のある人間たち

ヨハネの洗礼で「俺は義人になったぜ、これで来るべき世に入れるよ、いやあもう安泰だ」と思った人間は、罪人呼ばわりされる職につかなくても済むような余裕のある人間たちだったようです。

自分は義人だと思っている人間らは罪人を見下す

自分らは義人だ、と思い込んだ人間らは、罪人のレッテルを貼られた人々を「こいつらは罪人。俺は義人だけど」と見下します。
結局差別につながっていきます。
義人と罪人、などと人間を二つに分ける考えにとらわれると差別が起こるのです。

単純な二元論は差別につながると分かった我々イエスの弟子は、今後の身の振り方をどうするべきか

キリスト教会では二元論の考え方の論調の意見をよく耳にする

はっきり言って、キリスト教会でよく聞く論調はこういう二元論です。

明らかに、自分は洗礼を受けて神の国へ入ることが約束されている、キリスト教徒でない周りの連中は神の国には入れないけど、と思っているらしいキリスト教徒がたくさんいます。

差別の問題を社会の問題に繋げたがらない

そして差別の問題といっても、差別がなくなるように祈るとか祈らないとかの話にしか持っていかず、社会をどう変えていくか、という話にはほぼ持って行きたがりません。

キリスト教徒にも政治意識の高い人が少しいる

キリスト教徒の中にも政治意識の高い人はいて、世の中にある悲惨の原因として必ず社会的な原因もあるはずだという意識を持って、政治運動もして悲惨のない社会に変えていこうとしている人が一定の数います。

政治意識の高いキリスト教徒はたぶん個人的に意識が高いだけ

しかし、おそらくそういう人たちは個人的に政治意識が高いだけ、ということだと思われます。
キリスト教会という集団を考えると、社会を変える気はほぼない、現体制の中で善良っぽいことをする、という感じです。

政治の話を避けたがるキリスト教会は、社会の腐り具合にいつも腹を立てていたイエスとは似ても似つかない

いつも社会の腐った部分を見て、腹立たしく思い、できる範囲で権力者に批判を浴びせかけていたイエスとは似ても似つかない態度、と言ってもよいほどです。

民主主義組織なら議論で健全に解決出来る

普通の民主主義組織であれば、その考えはおかしい、イエスはそのようなことは言っていないでしょうが、と主張して、一メンバーとして議論していけばよいわけです。
民主主義組織は何か問題があっても議論して何とか健全な方向に進んでいける可能性があります。

キリスト教会は民主主義組織ではなくキリストクラシーの組織

ところがキリスト教会は民主主義組織ではなくキリストクラシーの組織なので、通常の民主的議論はありません。
私の知る限り、教義にからむような内容について末端のキリスト教徒が異を唱える機会はありません。せいぜい立ち話的に言うくらいです。

イエスに従いたければキリスト教会を離れて一人でさすらうしかないようである

ということで、今の世と来るべき世だの、義人だの罪人だの、という二元論は差別のはびこる社会につながるだけなのか、なるほど、と知ってしまった我々のようなキリスト教徒は、教会を離れてイエスの弟子の一人のおじさんとしてさすらうしかないのかもしれません。

実際それ以外にやりようがないのでイエスの弟子の一人の中年男としてさすらっていますが。

キリスト教組織とインテリ相手に行き詰まったら 禅定をしましょう

キリスト教組織やキリスト教インテリを前にして、なすすべがなくなる人も多いでしょう。
そして、人間は弱いので、ただ頭で理解しようとしてキリスト教関連書籍を読み続けても一向に状況が変わらないこともあるでしょう。
さらに、色々読んだとて「お前なんぞが本など読んで何が分かるか、何も分からんだろうさ」と言われることもよくあることで、もう嫌気がさしてきている人も多いでしょう。

そこで、禅定をしましょう。
仏性は私たち自身の中にあります。

曹洞宗の、ラフな感じの坐禅の解説動画

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自宅で坐る

坐禅の基礎の本

普勧坐禅儀は道元禅師が書いた坐禅の基本を説明した本です。
坐禅の基本的な説明の他に、勇気の出ることも書かれています。

道元 「小参・法語・普勧坐禅儀」 <全訳注> (講談社学術文庫)

以上、ヨハネの洗礼は社会の底辺の人々にとってはただの気休め、その先は絶望しか残らないことをご紹介しました。

このブログの参考記事

参考書籍

上村静「旧約聖書と新約聖書 (シリーズ神学への船出)」新教出版社


「聖書とは何か、どんな成り立ちをしているのか、聖書に収められている諸々の書物は何を伝えているのか、旧約と新約、ユダヤ教とキリスト教の関係は――等々、聖書に関する基本的な疑問に、気鋭の聖書学者が徹底的に答える。
また41個の強力「コラム」は、一歩踏み込んだ知識を提供し、聖書の奥深さを面白く伝えてくれる。
聖書解説書の決定版であり、最強の入門書である。」

キリスト者と求道者の必読書



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「年間子ども500人が亡くなり,7万人が負傷する交通事故大国.
日本社会のその歪みを正すために,どんな視点が求められているか.
昔遊び場であった道という空間が激変した意味をたどり,児童の認識能力を過大評価した「交通安全教育」万能論を批判し,社会的弱者の生活空間において交通量を制御する交通環境改善の提言を行う.」



交通死―命はあがなえるか (岩波新書)



「私たちはいつの間にか交通事故で毎年1万人以上の生命が失われるという現実を当たり前と感じるようになっている.
しかし機械的な事故の処理,「生命の値段」の決めかたに異を唱えるのは非常識なのだろうか.
交通事故で最愛の娘を失った著者が,事故当夜から刑事裁判,賠償交渉,民事訴訟に至る「人間としての死」を取り戻すための闘いを克明に綴る.」



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「行政は、なぜ青信号を渡る子どもたちを見殺しにするのか?
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信号システムを改善するだけで、確実に子どもたちの命が救えるはずなのに。」
「人と車を同時に交差させる一般交差点は、青信号を渡る子どもたちの命を危険にさらしている。
不確実な人間の注意力に頼る信号システム・交通行政を批判し、人と車の流れを分離させる分離信号の普及を提唱する。」



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「アメリカはいかにしてクルマ大国になったのか?
クリーンエア最優秀賞受賞者がその知られざる驚愕の歴史を詳述し、クルマに依存しない豊かな生活のための方策を提案する。」

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民主主義社会の一員として必要な基礎を子どもたちに教えてあげましょう。



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