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キリスト教と聖書の入門に最適な本の紹介 おすすめの3冊

投稿日:2017年6月9日 更新日:

三浦綾子文学などを読んで、キリスト教や聖書に興味を持たれる方も多いでしょう。

キリスト教と聖書の入門に最適な本をご紹介します。

目次

キリスト教や聖書の入門には、自己批判精神がある本が良い

自己批判精神を失うと危険

キリスト教や聖書に関する入門書は色々あります。

中には、とてもキリスト教びいきで、自己批判精神が全く無いような本もあります。

本ではありませんが、ラジオでもたまに自己批判精神の無い内容が出てきます。
朝のキリスト教のラジオ番組を聴いていると、キリスト教徒が増えれば武力紛争はもっと減るだろうに、というようなとんでもない発言が出ることもあります。

実際には、過去にキリスト教文化圏の人間があちこちで戦争を起こし、今もキリスト教文化圏の国が武力紛争の種をまいているのは皆さんご存知の通りです。

日本はキリスト教文化圏の国ではありませんが、日本も武力紛争の種をまいています。
これも当然自覚しなければなりません。

人間は弱く愚かなので、自己批判精神が大事である

キリスト教会がまた愚かなことをしないため、また現在行なっている愚かな行為をやめるために、自己批判精神が大事です。

人間は弱い存在で、何をやってもすぐ間違いを起こすので、何事も批判精神が大事です。
キリスト教を何かと美化して良いことばかり書いている本はおすすめはしません。
(入門用におすすめはしませんが、もちろんそういう本も批判精神を持って読めば意味はあると思います。)

キリスト教や聖書に関する入門書も、十分に批判精神がある本がおすすめです。

具体的な、キリスト教や聖書の入門におすすめする本 3冊

キリスト教についての知識がほとんどない状態から、キリスト教や聖書について知りたい時に、以下の3冊の本をおすすめします。

1冊目 高尾利数/著『キリスト教を知る事典』東京堂出版[1996]

高尾利数/著『キリスト教を知る事典』東京堂出版[1996]

『キリスト教を知る事典』は、キリスト教や聖書に関することを、一般の人に分かりやすく淡々と説明してくれています。

キリスト教の良い面も悪い面も、批判するところは大いに批判し、分かりやすく説明されています。

イエスがどういう人だったかも、分かりやすく書かれています。

聖書の成り立ちなども、実際のことがきちんと分かりやすく説明されています。

自己批判精神のないキリスト教の入門書を読んで、あまりのキリスト教びいきな態度に心穏やかでない皆さんに、本当におすすめできるとても良い本です。

ただイエス様イエス様、愛愛愛愛と言っていれば良いというものではありません。
ナザレ村出身の一男性であるイエスも、ただ愛愛愛愛と言っていてもダメだよ、物事の本質を見なさい本質を、というようなことをいつも言っていました。

大工をしていたイエス(大工と言っても、家を建てるよりは船を作ったり各種の道具を作ったり修理したりするのが主だったらしい)

この本も、当然ながら批判的に読むべき

どんな本も、たとえ学者が書いていても、人間が書いている以上は間違いもあるかもしれません。
また、自分として共感できる主張もあれば、逆に同意できない主張も出てくるでしょう。

よって、この「キリスト教を知る事典」を読む時も批判的に読みましょう。

例えば、「キリスト教を知る事典」の中でパウロの主張に触れる場所が何箇所も出てきます。
その時、パウロはイエスの死を贖罪の死として捉えた、そして生前のイエスに全く関心を持っていないというよくある説明がなされています。

ところが、青野太潮著「パウロ 十字架の使徒」(岩波新書)やその他の青野氏の著作で説明されているのですが、パウロはイエスの死を単純に贖罪の死とは捉えていませんし、生前のイエスの言動に大いに関心を持っていた可能性が高いです。
贖罪の死と捉える考え方はパウロも諸先輩たちから受け継いでいますが、それよりも、イエスは十字架で無残に処刑され殺害されたが、その見る影もない弱いイエスを神は全面的に肯定している、という逆説的な捉え方の方が大事だ、というような感じのことをパウロは言っています。

この例でも分かるように、異なる見解が色々あるようなので、「キリスト教を知る事典」を読む時も無批判に信じ込むのではなく、自分なりに考えて検討して批判的に読みましょう。

批判的に読むのは全ての書物に共通です。
先生なり講演者なり人の話を聴く時も同じです。

2冊目 上村静/著『宗教の倒錯 ユダヤ教・イエス・キリスト教』岩波書店[2008]

上村静/著『宗教の倒錯 ユダヤ教・イエス・キリスト教』岩波書店[2008]

『宗教の倒錯 ユダヤ教・イエス・キリスト教』は、聖書に書かれていることが一通り説明されています。

ヘブライ語聖書(旧約聖書)から新約聖書までの話の流れの主な部分を辿れます。

特にヘブライ語聖書の、天地創造があって、アブラハムが色々やって、族長や王様が出てきて、バビロン捕囚があってそのあとパレスチナに帰ってきて、といった話の流れがややこしいのですが、その辺を分かりやすく解説されています。

この本は、歴史上キリスト教が差別や戦争や殺戮にお墨付きを与える役割を果たしてきた事実を認めた上で、きちんと説明してくれています。

キリスト教をとにかく良いものとして説明しようというキリスト教びいきな自己批判精神が皆無の本に対して、何なんだこれは、いったいキリスト教徒達は自分らを何様だと思っているんだ! と心穏やかでなかった皆さんに、心からおすすめできる良い本です。

科学というものの捉え方も正確でとても分かりやすい本

もう一つに、この本では科学というのがどういうものか、といったことも正確に書かれていて、とても分かりやすいです。

現代の科学知識は当然現段階の知識であり、日々新たな発見が続いています。
よって、現時点で非科学的に思えるものも将来は科学的に説明がつくようになる可能性が十分にあります。
そういう当然のことの上に説明がなされています。

よく、現代の科学知識で説明ができないことはすべて非科学的と言ってかたずければ済む、と思っているような人や本もあり、そういう人や本には何を言って説明しても議論が成り立たず、嫌気がさしたことが皆さんもあるのではないでしょうか。
この本はそういう心配は全く入りません。

また、例えば同じ症状でも、病名が付けられれば一疾病として分類され、病気として扱われます。
一方、同じ症状でも病名が付けられなければ、病気だと扱われません。
私も頭が良くないのであまり説明できませんが、科学というのはそういう面もあり、科学科学とありがたそうに言っていれば済むような単純なものではないのですが、そういうあたりもこの本では分かりやすく説明がなされています。

参考 著者の上村静氏がIWJのインタビューに出演していた

「宗教の倒錯」の著者の上村静氏がIWJのインタビューに出演していました。
キリスト教に関することを話しています。

YouTubeでは冒頭だけ見ることができます。

【イントロ】岩上安身による上村静氏インタビュー

岩上安身による上村静・尚絅学院大学准教授インタビュー 1

IWJの報道も批判的に見聞きする

当然ながらIWJが伝える情報も批判精神を持って受け取りましょう。
例えば、地球温暖化と原発の問題に関して、いまなおIWJの番組は地球温暖化がデマだと言わんばかりの全く同意できないようなものが多数あります。
原発と地球温暖化をめぐる議論に関しては、例えば明日香壽川氏の主張などが同意できる真面目な主張と言えるでしょう。

明日香壽川氏の記事

3冊目 田川建三/著『イエスという男 第2版増補改訂版』作品社[2004]

田川建三/著『イエスという男 第2版増補改訂版』作品社[2004]

この本は単純におすすめできる本かどうか難しいところではありますが、読めば参考にはなるでしょう。

この本を読むときの注意点は、言葉遣いが凶暴だということです。
完全に頭に血が上った状態で書いたのではないかと思えます。

よく大学の先生で、完全に頭に血が上っていて学生を軽蔑しきっていて、確かに言っていることは正しくて腐った社会に怒りを禁じえない気持ちはよく分かるものの、態度が悪すぎて共感する気になれない先生というのが一人が二人いると思います。
雰囲気としてはそういう人が書いたような感じの文章です。

とても中高生っぽい凶暴な言葉遣いで書かれていますが、「思春期の中高生のような言葉遣いで書いてあるが、まあ、この本の著者も我々と同じ弱く愚かな人間の一人だから、仕方ないか……」と思って読めば問題ないでしょう。

『イエスという男 第2版増補改訂版』は、イエスがどういう人だったかということを、とても分かりやすく説明してくれています。

そしてどういう人生を送ったか、どういう時代にどういう社会で暮らしていたか、当局に逮捕されて処刑されるまでの流れが、良くわかります。

イエスが社会の矛盾に心から憤っていたり、権力者や富裕層にかなりずけずけと批判の言葉を浴びせかけたり、それでも完璧な人ではないから時代の空気に流されている面もあったり、といったことがとても分かりやすく書かれています。

キリスト教と言えば、富裕層が貧民から富を搾取するのを正当化するのに都合良い理屈を与えてきた面があるように思えて、心穏やかでない皆さんにもおすすめできる本です。

実際キリスト教は搾取を正当化するのにも使われてきて、戦争や殺戮を正当化するのにも使われてきたと思いますが、イエスはそういうのと真逆の考えの人らしいということがこの本を読んで分かります。

3冊読んだ後、聖書を通しで読むと良い

いきなり聖書を読むと気分が悪くなるかもしれない

キリスト教に興味がわいたら、とりあえず聖書を通しで読んでみようと思うかもしれません。

人の自由なので、いきなり聖書を通しで読むのも良いでしょう。

ただし、私の経験から言うと、いきなり聖書を通しで読むと気分が悪くなるかもしれません。
とくにヘブライ語聖書(旧約聖書)には、古代人たちが宗教儀式で動物を犠牲として殺す話がたくさん出てきてとても嫌な気分になります。
現代で同じ行為をしている宗教団体があったら、動物愛護法違反で通報する必要があります。

ヘブライ語聖書(旧約聖書)、新約聖書に関わらず、古代人が書いた文書なので、現代の人権意識や動物福祉の感覚で考えると怒りを禁じえない描写もたくさん出てきます。

いきなり聖書を読むと意味が全くわからない

いきなり聖書を通しで読んだ場合、意味がほとんど分かりません。

例えばヘブライ語聖書(旧約聖書)なら、どの辺りが神話で、どの辺りが本当の歴史で、どの辺りがただの物語なのか、ほとんど区別がつきません。

人間が800歳まで生きた話などが作り話か本当か分からない語り方で出てきて、いったい何を言っているんだこの書物は、と怪訝に思うでしょう。

新約聖書には「聖書」が頻繁に出てきます。
この本自体が「聖書」なのに何を言っているんだこの本は、と怪訝に思うでしょう。

上記の3冊を読んだ後なら聖書を冷静に読める

上記の3冊くらいの本を読んだ後なら、ヘブライ語聖書(旧約聖書)、新約聖書を通しで冷静に読めると思います。

宗教儀式で動物を殺す場面も、
「何なんだこの野蛮な古代人どもは。人間以外の生き物たちにも命の尊厳があると知っている現代人の自分はこのような行為を悪い見本として、さらに動物福祉を進めよう」
と冷静に考えて読めます。

また、例えば新約聖書に出てくる「聖書」は現代のヘブライ語聖書(旧約聖書)の元になっている文書群のことを言っているらしい、と何となく分かって読めます。

聖書に書いてあることは無理に信じ込まず、批判的に読めば良い

昔は、聖書に書いてあることは疑問を持たずに信じ込めば良い、という傾向もあったようです。

例えば三浦綾子の随筆などを読んでいると、そういった考え方を見かけます。

しかし、それは昔あった傾向で、よくない傾向です。

聖書は批判的に読みましょう。

古代人が、現代の私たちから見て非倫理的なことをしているなら、こういうことは良くない、と思って読みます。

現代の私たちから見て人権意識にかけているナンセンスな話が出てきたら、これはナンセンスだ、と思って読みます。

イエスが無花果の木を枯らしたら、実がなっていないからといって枯らしては駄目だろう、どういう意図で枯らしたんだ? と訝りながら読みます。

聖書を通して読んだら、色々な本を読むと良い

上記の3冊くらいの本を読んで、さらにヘブライ語聖書(旧約聖書)、新約聖書を通しで読んだら、聖書全体の雰囲気が何となく分かるようになります。

そこで、聖書について最低限の知識がある人向けに書かれたと思える色々な本を読むと良いでしょう。

青野太潮「どう読むか、聖書」(朝日選書)

青野太潮「どう読むか、聖書」(朝日選書)

この本は、キリスト教会に通うなら必読の本です。

この本に、どんな本でも批判精神を持って読むべきで、当然ながら聖書も批判的に読むべきである、もちろんキリスト教徒が聖書を読む時にも批判的に読むべきである、というようなことが書かれています。

もし、きちんと聖書を批判的に読むという心構えがないままキリスト教徒として生活していると、危険なキリスト教原理主義者になってしまいかねません。

青野太潮氏が教会で話している様子

青野太潮氏が、協力牧師をしているキリスト教会で説教をしている様子が、平尾バプテスト教会の大名クロスガーデンというところの公式YouTubeチャンネルにアップされていました。
私が通った教会の教派では礼拝中?礼拝前?にバンド演奏があるというのは経験がありませんが、この動画でははじめにバンド演奏があります。
教派や教会によって色々あるようです。

『分かれ道に立って、よく見』​ 青野 太潮協力牧師​ (20180527)

礼拝前?礼拝中?にメタル風の曲を演奏するキリスト教会があるかどうかは分らない

上の映像のように礼拝中?礼拝前?にバンド演奏をするキリスト教会があるなら、メタル風の曲を演奏するキリスト教会もあるのだろうか、と、例えばEdenbridgeやDelainなどのメタルバンドが好きな方は思うでしょう。
メタル風の曲を演奏するキリスト教会があるのかどうか、残念ながら私は分かりません。

青野太潮「十字架につけられ給ひしままなるキリスト」

青野太潮「十字架につけられ給ひしままなるキリスト」

この本は、特に新約聖書のパウロの手紙の正確な理解と、イエスが語っていた福音の内容を正確に理解するために必要な説明が色々載っています。

著者は聖書学者なので、職業として聖書や聖書の翻訳の問題などを細かく調べていて、その内容が説明されています。

この本にある説明を読まないと、聖書の研究以外の職業等に就いている私たちはパウロが何を言いたいのかたぶん分かりません。

キリスト教会の礼拝の牧師の説教はキリスト教について学ぶ授業というわけではなく、聖書に書かれていることを細々と説明はしてくれません。
よって、毎週説教を聞いても「十字架につけられ給ひしままなるキリスト」で説明されているような内容を知ることはできません。

青野太潮 「十字架の神学」をめぐって: 講演集 (新教新書)

青野太潮 「十字架の神学」をめぐって: 講演集 (新教新書)

この本も、特に新約聖書のパウロの手紙の正確な理解と、イエスが語っていた福音の内容を正確に理解するために必要な説明が色々載っています。

著者は聖書学者なので、職業として聖書や聖書の翻訳の問題などを細かく調べていて、その内容が説明されています。

この本にある説明を読まないと、聖書の研究以外の職業等に就いている私たちはパウロが何を言いたいのかたぶん分かりません。

キリスト教会の礼拝の牧師の説教はキリスト教について学ぶ授業というわけではなく、聖書に書かれていることを細々と説明はしてくれません。
よって、毎週説教を聞いても「「十字架の神学」をめぐって: 講演集 (新教新書)」で説明されているような内容を知ることはできません。

青野太潮 パウロ 十字架の使徒 (岩波新書)

青野太潮 パウロ 十字架の使徒 (岩波新書)

この本も、特に新約聖書のパウロの手紙の正確な理解と、イエスが語っていた福音の内容を正確に理解するために必要な説明が色々載っています。

著者は聖書学者なので、職業として聖書や聖書の翻訳の問題などを細かく調べていて、その内容が説明されています。

この本にある説明を読まないと、聖書の研究以外の職業等に就いている私たちはパウロが何を言いたいのかたぶん分かりません。

キリスト教会の礼拝の牧師の説教はキリスト教について学ぶ授業というわけではなく、聖書に書かれていることを細々と説明はしてくれません。
よって、毎週説教を聞いても「パウロ 十字架の使徒 (岩波新書)」で説明されているような内容を知ることはできません。

上村静 旧約聖書と新約聖書 (シリーズ神学への船出)

上村静 旧約聖書と新約聖書 (シリーズ神学への船出)

この本は聖書について詳しい説明が書かれています。

聖書を無批判に読んで信じ込んで、また戦時中の日本のキリスト教会のように戦争に加担し始めないために、キリスト教徒にとって必読の本でしょう。

高尾利数 聖書を読み直す 1 旧約からイエスへ (春秋選書)

高尾利数 聖書を読み直す 1 旧約からイエスへ (春秋選書)

この本は、イエスが語ったことの内容が説明されています。

キリスト教徒がいたり仏教徒がいたり色々な宗教観の人がいますが、いずれにせよ私たちは生かされていて、存在自体に価値があるということです。

働けるなら職業について働いて衣食住に必要なモノやサービスを作るのも良いでしょう。
病気やその他種々の事情で働けないなら、その他のことに取り組むのも良いでしょう。
現代社会は社会全体で十分な生産性を持っているので、働けない人も含めて全員が食べて生きていくのに必要なものが十分あります。

職業について社会を支えているから生きている意味があるわけでもない、生産性が高いから生きている意味があるわけでもない、存在自体に価値があるから生きているのだ、ということです。

高尾利数 聖書を読み直す 2 イエスからキリスト教へ (春秋選書)

高尾利数 聖書を読み直す 2 イエスからキリスト教へ (春秋選書)

この本も、イエスが語ったことの内容が説明されています。

キリスト教徒がいたり仏教徒がいたり色々な宗教観の人がいますが、いずれにせよ私たちは生かされていて、存在自体に価値があるということです。

働けるなら職業について働いて衣食住に必要なモノやサービスを作るのも良いでしょう。
病気やその他種々の事情で働けないなら、その他のことに取り組むのも良いでしょう。
現代社会は社会全体で十分な生産性を持っているので、働けない人も含めて全員が食べて生きていくのに必要なものが十分あります。

職業について社会を支えているから生きている意味があるわけでもない、生産性が高いから生きている意味があるわけでもない、存在自体に価値があるから生きているのだ、ということです。

佐藤研 最後のイエス

佐藤研 最後のイエス

イエスがどういう人だったか、などが分かります。

イエスは人間なので当然罪があり、イエスが罪の意識に苛まれてヨハネの洗礼を受けに来たり、父さんであるヨセフはたぶん早く亡くなって、長男のイエスが家の大黒柱だったけれども、家族を置いて出て行った様子などが分かり、たぶんそういう感じだったのだろう、と分かります。

最後に当局に捕まって、処刑されるまでのイエスについてなどが説明されています。

イエスが処刑されたのち、どのようにして遺体がなくなってしまったのか、例えばこのような経緯によるのかもしれない、という著者なりの想像の話も載っています。

佐藤研 「坐禅入門 禅の出帆」ぷねうま舎

佐藤研 「坐禅入門 禅の出帆」ぷねうま舎

坐禅の方法を説明した本です。
後半には、キリスト教と禅に関する説明が載っています。

人間は弱いので、ただ頭で理解しようとしてキリスト教関連書籍を読み続けても一向に状況が変わらないこともあるでしょう。
さらに、色々読んだとて「お前なんぞが本など読んで何が分かるか、何も分からんだろうさ」と言われることもよくあることで、もう嫌気がさしてきている人も多いでしょう。

そこで、禅定をしましょう。

なお、坐禅は結構難しいので、この本を読んだだけで家で坐禅を行えるようになるとは限りません。
自宅というものは、赤ん坊が泣いていたり、オシメを変えなければならなかったり、子どもがジュースをこぼしたり、小学生の子どもらは兄弟げんかを始めたり、テレビの音も鳴っていたり、家が狭ければ家財道具や仕事の道具その他で部屋が埋まっていたりと、落ち着いて坐禅をできるような状況ではない場合が多いでしょう。

坐禅を行いたい場合はお寺などの坐禅教室のようなものを探すとよいでしょう。

「坐禅入門 禅の出帆」の著者の佐藤研氏は三宝禅というところの禅の指導者らしいです。

三宝禅のウェブサイト

三宝禅

参考 自己批判精神があると思えないキリスト教の本の例

参考に、初歩の本のうちで、私が思うには自己批判精神がとても足りない、キリスト教びいきな書き方をしている本の例を以下にあげます。

イエスと共に歩む生活―はじめの一歩Q&A30

イエスと共に歩む生活―はじめの一歩Q&A30

自己批判精神が全く感じられず、とてもキリスト教びいきな本です。

キリスト教会は歴史的に蛮行の数々を行ってきた集団であり、今現在も、軍事的にも経済的にもキリスト教文化圏の国々が世界を支配しており、日本や世界でキリスト教会の悪い面が問われています。

いくらキリスト教びいきに書こうとしても、そういったキリスト教やキリスト教会の負の面を隠すことはできないので、本の中でも一応、世界中で指摘されている負の面を書いています。

ところが、最終的にキリスト教とキリスト教会を正当化して説明を終わらせています。
おおむね、以下のような感じの説明になっています。

キリスト教は「●●●●●●●●●●」という指摘を受けている。
確かにそういう面もあったかもしれない。
しかし一概にそう言えるだろうか。
◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯(正当化する説明)

この記事で紹介しているおすすめの3冊を読めば分かりますが、ナザレ村出身のイエスは、まさにこういう無批判な自己正当化の態度を嫌っていたのです。

世界の悲惨に胸を痛め、日々社会を良くしようと政治運動や社会運動や様々な活動に取り組んでいる人がこの本を読んだら、こう思い、怒りを禁じえないかもしれません。
一体何なんだこの本は、結局キリスト教に対する批判はすべてあたらない、キリスト教は素晴らしい宗教であり、現代のキリスト教会は素晴らしい善意の組織なのだ、と言い張っているだけではないか、と。

強引にキリスト教会を正当化するような、無批判な自己正当化の態度を嫌っていたと思われるナザレ村の一職業人イエス

信じる気持ち―はじめてのキリスト教

信じる気持ち―はじめてのキリスト教

この本は、キリスト教に対する批判はすべてあたらない、と言い張るほど自己批判精神がないわけではありません。

一応、キリスト教に対する批判なり、昔ながらの聖書理解は通用しなくなってきたことなりを、認めてはいるようです。

しかし、最終的には、矛盾は置いておいて、現在のキリスト教会の教義を何となく肯定して、ふわっと説明を終わります。

キリスト教はインテリのインテリによるインテリのための宗教なのかどうか

キリスト教は難しい

他の宗教の関連書籍も同じですが、キリスト教関連の本をあれこれ読んでいけば、ややこしい難しい本がいくらでもあります。

どこまで読んでもキリスト教に関する疑問がなくなることがありません。

初歩の本を読んだり、一般の人向けの本を読んでも、詳しい人から
「著者が言おうとしていることはかなり深い内容であり、あなたが本を読みかじったところでほんの表面的な理解しか得られないだろうさ」
という感じのことを言われたりもします。

牧師・聖書学者・神学者がキリスト教に詳しいのは当たり前 キリスト教の本ばかり読んでいられるほど暇な人はいない

聖書学者や神学者などその分野の研究をして飯を食べている職業人と同じレベルの理解を私たちができるわけがないでしょう。
私やみなさんにはそれぞれの職業があり、朝から晩までその職業の仕事をしているわけで、キリスト教の本ばかり読んでいられるほど暇ではないでしょう。

聖書学者や神学者や牧師などはキリスト教に詳しくて当たり前、野菜農家なら野菜の栽培に詳しくて当たり前、溶接工なら溶接に詳しく溶接の技能に長けていて当たり前です。
聖書学者や神学者や牧師などに溶接をさせてもまともな仕事はできないわけです。

このような分業の社会において、教会に通ってもキリスト教への疑問は晴れない、自力でキリスト教関連の本を読んでもお前に何が分かるのだというような感じに言われる、仕事で忙しいからキリスト教に関する学びにばかり時間を使っていられるほど暇でもない、ということで、八方塞がりに陥ります。

キリスト教はインテリのインテリによるインテリのための宗教と言われても仕方がないのかもしれない

キリスト教は深く考えなければ結構楽

単純に「人間はイエスを信じない限り救われることはないが、私はイエスを信じたから救われた」という思考に陥れば、さほど疑問もなくキリスト教徒生活を送れるかもしれません。

深く考えると八方ふさがりになる

一方、菩提心のようなものを持って、AI兵器まで作られるに至ったり小型核兵器が作られたりで再び軍拡競争が始まりつつあって崩壊寸前の現在の国際社会と、規制緩和などの結果野放しで大企業が活動して地球環境破壊が進みすぎて絶滅寸前になっている人類と人類の巻き添えで大量絶滅が進んでいる人間以外の生き物たちと自分の信仰について真面目に考えれば、誰しも八方塞がりに陥る可能性があります。

菩提心
私も救われた。みんなも救われた。行き着くところへ着いたのだ。
私が救われると同時に世界中が救われたのだ。
人類最後の目的が今日ここで解決されたのだ。
(中略)
菩提心を持つこと。
みんなと一緒に救われたいという心が、実は人類の到達する終点なのです。人類と一緒に救われましょう。
私は救われんでも皆が救われますようにという願いを持った時、そこで一切の苦しみから救われるのです。
自分を捨てて、どうぞ社会の皆さんが幸福になるようにという願いを持った時、私どもはもう救われているのです。

山田無文『般若心経』禅文化研究所

山田無文 著「般若心経」禅文化研究所

キリスト教はインテリの宗教という結論に至ってしまう

キリスト教の神とイエスと聖霊の関係やらパウロの述べている内容やらを正しく理解するのは難しい、
毎週の礼拝や牧師の説教はキリスト教の授業というわけではないので、礼拝に通っていてもキリスト教に関する理解はさほど深まらない、
仕事の過労で礼拝に行く気もなくなってくる、
難しいので学ぼうと思って独学しても「お前ごときに何が分かるか」と言われる、
実際にそう言われる通りで自分ごときにはそれほど詳しい理解には辿り着けない、
ということで、
結論として、キリスト教はインテリのインテリによるインテリのための宗教なのだろう、そうであればインテリでない自分には関係ないものだから、もうキリスト教とかかずらうのはやめるか、と思うに至るかもしれません。

キリスト教会のインテリに惑わされず、救いを求めて歩む

インテリであろうとなかろうと、人間であろうと人間以外の生き物であろうと、命あるものは存在自体に価値があり、価値があるからみな堂々と生きています。

キリスト教会のインテリの物言いに惑わされないようにしましょう。

例えば、求道者であれキリスト教徒であれ、牧師やその他のキリスト教関係者に色々と疑問などを話してみたところ、話が全く噛み合わず、エリート意識剥き出しで一笑に付されるなどし、がっかりすることもあるでしょう。

しかし気を落とすことはありません。
同じ経験をしている人は大勢います。

そういった場合に次の動画をみて、仏性は私たち自身の中にあることを思い出し、初心に帰って元気を出してまた歩み出しましょう。

不立文字、教外別伝、直指人心、見性成仏
(文字に絶対的な権威を措定せず、経論の教えとは別に自分の言葉で思想を語り、現在の自分のままで、自己の真実を明らかにする)

仏性は私たち自身の中にあります。

キリスト教関係者と話が噛み合わず落胆した時、初心に帰る動画

曹洞宗 心の柱

曹洞宗東北管区教化センター 心の柱

上記の動画「心の柱」は曹洞宗東北管区教化センター発行のパンフレット「心の柱」の説明動画らしいです。
パンフレット「心の柱」は、曹洞宗東北管区教化センターへ送料を添えて申し込むと送ってもらえるそうです。
以下のページに説明があります。

仏教はインテリの宗教ではないから展望もある

仏教に詳しいわけではありませんが、一般の人向けの仏教関連の本を読んでみると、私のような別にインテリでもない底辺の職業人たちも救われる内容になっています。

例えば、般若心経の初心者向けの解説書のような本を読みました。
般若心経で説明されている「空」に関する話は結構難しいです。
ですが、般若心経の最後の方のガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディスヴァーハーというような一種の呪文が用意されていることで、自力で悟ったりできない人でもこの言葉を唱えて何とか助かることができるようなものらしいです。

親鸞が言っている内容にしても、私のような別にインテリでも何でもない底辺の職業人たちなどでも南無阿弥陀仏を唱えれば何とか助かるということらしいです。

素人なので何も詳しいことはわかりませんが、少なくともインテリでなくても誰でも救われるらしいというのは分かりました。

般若波羅蜜多心経

【全国曹洞宗青年会】摩訶般若波羅蜜多心経 Prajna-paramita Hrdaya Sutram (The Heart Sutra)

参考書籍

中村元の仏教入門


初心者の私でもある程度理解して読めたので、初心者向けの良い本です。

高校生からの仏教入門


高校生向けの連載記事を書籍にした本ということで、初心者の私でもよく理解して読めたので、初心者向けの良い本です。
本願寺出版社の本ということで、後半はある程度浄土真宗に特化した内容になっています。
一方、前半は仏教全般についての説明になっており、浄土真宗に限らず仏教全般の初歩本として良い本です。

仏教入門―インドから日本まで


この本は仏教全般についてかなり分かりやすく淡々と説明してくれる良い本です。

中村元著「ブッダ入門」春秋社


私でもある程度理解して読めたので、初めてブッダについて知るための良い本です。

般若心経手帳 東京書籍


手帳という名前ですが、内容は般若心経本文と、般若心経を短い言葉で分かりやすく説明した文章と、絵です。
この手帳を持ち歩いて般若心経の内容が大まかに分かったら、もう少し詳しい説明を読んだり、以下の「オーディオブックCD 山田無文 般若心経」を聴いたとき理解しやすくなるでしょう。

[オーディオブックCD] 山田無文 般若心経


良い解説CDです。著者が直接話しているわけではなく、出版された書籍をプロの声優が朗読しているCDです。

東京大学仏教青年会 編集「現代 仏教聖典」大法輪閣


仏典はとてつもなく多いため、私たち一般人としては何を読めば良いのか分かりませんが、この本は仏教に関する色々な文献を集めて1冊に編集してくれているので、私たち一般人が仏典に触れてみるのにおすすめです。

仏教関連の音声放送


仏教関連のラジオ番組など、無料で聴けるものがいくらかあります。

ラジオNIKKEI「耳で聞く曹洞宗の教え」

本を読んだとてお前ごときに何が分かるのだ、と言われる件について

誰でも、よくわからない分野があり、より詳しく知りたいから本を読んで学ぶでしょう。

ところが、自分より学のありそうな人から「本を読んだとてお前ごときに何が分かるのだ。著者の言わんとすることの100分の1も理解できていないだろうさ」と言われることはよくあります。
ここまであからさまに悪意のある言い方をされないまでも、趣旨としてはそのような意味のことを言われるケースはよくあります。

この言い分を真に受けていたら、最終的に本を読んで学ぶことが許されるのはオックスフォード大学出身者などほんの一部のインテリだけになってしまうでしょう。

書かれていることのほんの一部だけしか理解できていないとしても、仕事上必要な本を読んだり、仕事と無関係だが興味がある分野について知りたくて本を読んだり、その他様々な理由で皆読書をするわけです。
そのようにしてわずかでも本から知識を得て、それを参考にするなどして毎日あくせく働いて社会を支えたり、種々の事情で働けなければ他のことに取り組んだりし、生きているのが我々で、そういった人々がいて社会は存在しているわけです。

オックスフォード大出身者などほんの一部のインテリしか本を読むことを許されない社会になったら、おそらく社会は成り立たなくなって人類は滅亡するでしょう。

我々学のない者が学がないながらに苦労して読書することは意味のあることなのです。

キリスト教組織とインテリ相手に行き詰まったら 禅定をしましょう

キリスト教組織やキリスト教インテリの自己批判精神の足りなさを前にして、なすすべがなくなる人も多いでしょう。
そして、人間は弱いので、ただ頭で理解しようとしてキリスト教関連書籍を読み続けても一向に状況が変わらないこともあるでしょう。
さらに、色々読んだとて「お前なんぞが本など読んで何が分かるか、何も分からんだろうさ」と言われることもよくあることで、もう嫌気がさしてきている人も多いでしょう。

そこで、禅定をしましょう。
仏性は私たち自身の中にあります。

曹洞宗の、ラフな感じの坐禅の解説動画

初めての坐禅

曹洞宗の坐禅の解説動画

禅 -The ZEN-

臨済宗の坐禅の解説動画

自宅で坐る

坐禅の基礎の本

普勧坐禅儀は道元禅師が書いた坐禅の基本を説明した本です。
坐禅の基本的な説明の他に、勇気の出ることも書かれています。

道元 「小参・法語・普勧坐禅儀」 <全訳注> (講談社学術文庫)

キリスト教と聖書の入門に最適な本を紹介しました。

キリスト者と求道者の必読書



クルマ社会と子どもたち (岩波ブックレット (No.470))



「年間子ども500人が亡くなり,7万人が負傷する交通事故大国.
日本社会のその歪みを正すために,どんな視点が求められているか.
昔遊び場であった道という空間が激変した意味をたどり,児童の認識能力を過大評価した「交通安全教育」万能論を批判し,社会的弱者の生活空間において交通量を制御する交通環境改善の提言を行う.」



交通死―命はあがなえるか (岩波新書)



「私たちはいつの間にか交通事故で毎年1万人以上の生命が失われるという現実を当たり前と感じるようになっている.
しかし機械的な事故の処理,「生命の値段」の決めかたに異を唱えるのは非常識なのだろうか.
交通事故で最愛の娘を失った著者が,事故当夜から刑事裁判,賠償交渉,民事訴訟に至る「人間としての死」を取り戻すための闘いを克明に綴る.」



子どもの命を守る分離信号―信号はなぜあるの?



「行政は、なぜ青信号を渡る子どもたちを見殺しにするのか?
『人間の注意力は不確実なもの』
信号システムを改善するだけで、確実に子どもたちの命が救えるはずなのに。」
「人と車を同時に交差させる一般交差点は、青信号を渡る子どもたちの命を危険にさらしている。
不確実な人間の注意力に頼る信号システム・交通行政を批判し、人と車の流れを分離させる分離信号の普及を提唱する。」



クルマよ、お世話になりました: 米モータリゼーションの歴史と未来



「アメリカはいかにしてクルマ大国になったのか?
クリーンエア最優秀賞受賞者がその知られざる驚愕の歴史を詳述し、クルマに依存しない豊かな生活のための方策を提案する。」

楽しい暮らしのために役立つマンガ


小中高の先生方が忙し過ぎるようで、子どもたちが「自分が主権者である」という意識を学べずに大人になるケースがかなりあるようです。
民主主義社会の一員として必要な基礎を子どもたちに教えてあげましょう。



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