キリスト教の内容

キリスト教を学ぶ方法 キリスト教について知りたい、学びたいとき

投稿日:2020年5月6日 更新日:

例えば三浦綾子文学を読むなどして、キリスト教に興味を持つ方は多いでしょう。
キリスト教に興味を持ったら、キリスト教について学んで、より詳しく知りたいと思うでしょう。

キリスト教について学びたい時はどうすれば良いかをみてみましょう。

キリスト教は結構難しい

キリスト教に興味を持つ機会は多い

日本で生活していると、キリスト教に興味を持つ機会は結構あります。

例えば三浦綾子の文学、トルストイの文学、など、文学作品にキリスト教がよく出てくるので、文学をきっかけに興味を持つことは多いでしょう。

また、キリスト教徒は周囲に結構います。
小学校、中学校、高校の先生で、私はキリスト者です、と言う人は少ないかもしれません。
一方、大学の先生がたの場合、自分はキリスト者だと言う人は結構おり、キリスト者としてこのように考えている、といったように自分の信仰に基づいた話を織り交ぜる先生はよくいます。
そのため、大学でキリスト教徒の先生の授業を受けたことがきっかけでキリスト教に興味を持つというケースも多いでしょう。

興味を持っても、キリスト教の仕組みはよくわからない

キリスト教に興味を持つ機会は多くても、キリスト教の内容を知る機会は少ないです。

キリスト教の仕組みによれば、神、イエス、聖霊の3つが一体だったり、イエスの死はすべての人間たちの罪のあがないのための死とされていたり、ユダヤ教と正典が共通しているがユダヤ教との関係がよくわからなかったり、一方ではパウロはイエスのあがないの死ばかり強調するのは良くないと言っているという主張もあったり、複雑です。

キリスト教徒でも大して詳しくない人も多い

キリスト教徒は勉強家な人や頭の切れる人ばかりではありません。
例えば両親がキリスト教徒だったから惰性で自分もキリスト教徒になって、それほどキリスト教について詳しいわけではないが惰性で教会生活を送っている、という感じの人も多いでしょう。

頭が切れるわけではないので、ややこしいキリスト教関連の本を読んでも意味がわからない、というキリスト教徒もたぶんいるでしょう。

キリスト教は難解で、キリスト教徒ですら意味がわかっていない人がいるほどです。

キリスト教について知る、学ぶ方法

キリスト教会に通ってもキリスト教の仕組みについて知ることはできない

キリスト教について知りたいなら、キリスト教会に通えば良いと思うかもしれません。

ところが、キリスト教会に通ってもキリスト教の内容について知ることはできません。

キリスト教会の礼拝や説教はキリスト教の授業ではなく、体系的な説明は一切されない

キリスト教会へ通うとしたら、メインは礼拝です。

キリスト教会の礼拝のメインは説教でしょう。
理屈上は説教がメインなのかどうか分かりませんが、礼拝出席者の実感としては説教が一番長いので説教がメインと感じるでしょう。

説教はキリスト教についての授業というわけではありません。
その時々で聖書の中から部分を選んで、その関連のことを話されると言う感じのものです。
断片的な説明が行われるだけなので、10年間礼拝に通って説教を聞き続けたとしてもキリスト教の教義についてはほとんど理解できないでしょう。

そもそも、説教をしている人の方でも、説教を聞いている人がキリスト教の教義を体系的に学べることを目的にして話しているわけではないと思われます。
礼拝全体で神と人間の間で対話しているような仕組みになっていて、礼拝はおそらくキリスト教の教義に詳しい牧師や信者から詳しくない信者が教義を教わることを目的としたものではないと思われます。

礼拝と説教はこのような感じのものなので、教会の礼拝に通ってもキリスト教の教義について知ることはできません。

キリスト教会の諸集会、諸行事に参加してもキリスト教の教義はわからない

キリスト教会では、礼拝の他に様々な集会が行われていたり、行事があったりします。

しかし、キリスト教の教義などについて体系的に知ることができるような集会等はない場合が多いようです。

体系的に何かを学ぶなら、大学の授業などのように最低でも90分くらい講師が話す必要があり、さらにそれを毎週行うということを1年間くらい続けないと無理でしょう。
さらに、講師が話しているのをただ聞いているだけでは理解できないので、自分で教科書を読むことを土台にして、その上で講師の説明を週1回聞きに行く、というようなスタイルになるでしょう。

キリスト教会の諸集会、諸行事で、それほどきちんと体系的に学ぶようなものはおそらくありません。

仮にやろうという気持ちがあったとしても、キリスト教会に通っている人間はほとんどが社会人であり、仕事などが忙しくてキリスト教会の活動にそれほど時間を割けるほど暇ではありません。

たとえ学生が通っていたとしても、現在の日本は貧困化の一途を辿っており、親の財力がなくアルバイトでギリギリの状態で通学しているような大学生が大勢いる状況なので、大学生たちもキリスト教会の活動にそれほど時間を割けるほど暇ではないでしょう。

このように、キリスト教会の諸集会、諸行事に参加してもキリスト教について学ぶことはできません。

キリスト教について知るには、一人で本を読んで学ぶしかない

キリスト教について知るには、一人で本を読んで学ぶしかありません。

何かについて知りたければ一人で本を読んで学ぶしかない

宗教に限らず、何かについて知りたければ一人で本を読んで学ぶしかありません。

例えば大学で物理学の授業を受けるとして、教科書を読まずにただ授業を聴いて理解できる人はいないでしょう。
講師は大勢いる学生が理解できているかどうかなど気にしている余裕はないので、半年なり一年なりで授業を終えられるペースで話すだけです。
そのため、受講生が理解できていなくてもどんどん話が進んでしまいます。
結局、授業を聴いただけでは何も理解できずに終わります。

一方、教科書を一人で読めば、誰でもだいたい理解できます。
本は自分が読まない限りは先に進まないので、理解できないうちに進んでしまう心配がありません。
教科書の5ページ目でさっそく理解できなくなったら、そこだけ1ヶ月くらい読んでいれば済みます。
そこだけ読んでもらちがあかなさそうなら、一旦飛ばして先に読み進んで、しばらくしてからまた5ページを読めば意外と理解できたりもします。
そういった調整が自由自在です。

そのように一人で書物を読んで学ぶことを基本において、もし授業があるなら、補足として授業を受けに行きます。
授業では専門家が説明するので、教科書を一人で読んで理解したことをもう少し深める効果があるでしょう。

高校生でも大学生でも社会人でも、何か知りたければ、一人で本を読んで知ることが基本で、授業はおまけです。
そのようなスタンスでいると、学校に振り回されることなく、楽しく学問ができます。

キリスト教について知りたい場合も同じ

キリスト教も同じです。

キリスト教について知りたければ一人で本を読んで学びます。

幸い、現在のところ日本では出版の自由があるので、結構色々な本が出版されています。

当ブログの参考記事

出版の自由はいつでまでも保障されるとは限らない

出版の自由はいつまでも保障されるとは限りません。

この間、共謀罪に代表されるように、言論の自由などに逆行する法律が次々に作られています。

この流れが続くと出版の自由もなくなるでしょう。

キリスト教など毒にも薬にもならないどうでもよいものだ、と国家権力が判断すれば当面はキリスト教関連書籍など放って置かれるかもしれません。
もし、キリスト教会にも政治的発言を熱心にしている人間が少しはいるから念のため叩き潰しておこう、と国家権力が判断すれば、キリスト教関連書籍の出版も止まる、という時代が近々来る恐れもあります。

放置しておけば権力が暴走して自由というものは簡単になくなってしまいます。
そのため、日本国憲法には、自分らの自由や権利を守りたければ不断の努力をしましょう、というようなことが書いてあるのです。

いちばんやさしい憲法入門 第6版 (有斐閣アルマ)

木村草太「憲法という希望 (講談社現代新書)」

参考のページ

自由を守りたければ政治社会の運動を進めるしかない

日本国憲法には、自分らの自由や権利を守りたければ不断の努力をしましょう、というようなことが書いてあります。

その通りで、自分の自由や権利を守りたければ政治社会の運動に力を注いで、変な法律を作られないよう、また現在ある悪い法律はなくすよう、主権者の自分らが主権を行使して努力することが唯一の方法です。

キリスト教会が行ってきた悪事を無理やり正当化するような、無批判な自己正当化の態度を嫌っていたと言われているナザレ村の一職業人、イエス

政治社会の運動のスタイルは人それぞれ。無理しないことが大事である

何事も無理をすると良いことは何もありません。
政治社会の運動も同じです。

例えば、自分が問題意識を持っている分野に取り組んでいる市民団体に入会して活動するとします。

市民団体と言っても色々あるでしょう。

比較的若い人が中心で、明るく快活な人が集まっているようなノリの団体もあるでしょう。
こういった市民団体であれば、もともと人付き合いがあまりうまくはなく、明るいよりは暗いタイプの人なら近づきがたいでしょう。
そのような場合は、無理にその団体に入会するのはやめて、もっと自分のタイプに合いそうなグループを探したり、一人でブログを利用して世論づくりを進める、などするのが良いやり方です。
近づきがたいノリの市民団体に入会して無理しても良いことは何もありませんし、自分の力も発揮できません。

比較的年配のメンバーが中心で、若年層のメンバーが斬新なアイデアを提案してもほとんど一蹴されるような雰囲気の市民団体もあるでしょう。
自分が年配者で、斬新なアイデアについていく精神力は残されておらず、旧態依然としたやり方のメンバーばかりの方がやりやすいなら自分も一員になって活動するのも良いでしょう。

一方、例えばネット等を駆使して、旧態依然とした運動方法では情報が届いていない層に情報を伝えて世論を広げたい、と考えている30代の人などもいるでしょう。
そういった人なら。下手に年配者中心の団体のメンバーになって無駄に疲弊してしまうよりは、年代の近いメンバーが中心の市民団体を探した方が力を発揮でき、また早くに社会がよくなっていく可能性が高いかもしれません。

そのように、自分に無理がかからず、大いに力を発揮できる自分なりの運動のスタイルで取り組みましょう。

本を読んだとてお前ごときに何が分かるのだ、と言われた場合

誰でも、よくわからない分野があり、より詳しく知りたいから本を読んで学ぶでしょう。

ところが、自分より学のありそうな人から「本を読んだとてお前ごときに何が分かるのだ。著者の言わんとすることの100分の1も理解できていないだろうさ」と言われることはよくあります。
例えばキリスト教について学んでいるなら、牧師やその他のキリスト教関係者からそういった態度をとられることはよくあることです。

しかし、この言い分を真に受けていたら、最終的に本を読んで学ぶことが許されるのはオックスフォード大学出身者などほんの一部のインテリだけになってしまうでしょう。

書かれていることのほんの一部だけしか理解できていないとしても、仕事上必要な本を読んだり、仕事と無関係だが興味がある分野について知りたくて本を読んだり、その他様々な理由で皆読書をするわけです。
そのようにしてわずかでも本から知識を得て、それを参考にするなどして毎日あくせく働いて社会を支えたり、種々の事情で働けなければ他のことに取り組んだりし、生きているのが我々で、そういった人々がいて社会は存在しているわけです。

オックスフォード大出身者などほんの一部のインテリしか本を読むことを許されない社会になったら、おそらく社会は成り立たなくなって人類は滅亡するでしょう。

我々学のない者が学がないながらに苦労して読書することは意味のあることなのです。

キリスト教関係者と話が噛み合わなくても、がっかりしないでまた歩み出す

キリスト教について知る努力をし、さらにキリスト教会に行ってみたりして、キリスト教の関係者と話す機会ができる人もいるでしょう。

牧師やその他のキリスト教関係者に色々と疑問などを話してみたところ、話が全く噛み合わず、エリート意識を剥き出しで一笑に付されるなどし、がっかりするというケースはよくあります。

しかし、気を落とす必要はありません。
同じ経験をしている人はたくさんいます。

そういった場合には以下の動画をみて、仏性は私たち自身の中にあることを思い出し、初心に帰って元気を出してまた歩み出しましょう。

キリスト教関係者と話が噛み合わず落胆した時、初心に帰る動画

曹洞宗 心の柱

曹洞宗東北管区教化センター 心の柱

上記の動画「心の柱」は曹洞宗東北管区教化センター発行のパンフレット「心の柱」の説明動画らしいです。
パンフレット「心の柱」は、曹洞宗東北管区教化センターへ送料を添えて申し込むと送ってもらえるそうです。
以下のページに説明があります。

インテリに惑わされない

世界はインテリであろうとなかろうと、全員がいて初めて成り立っています。
そして、インテリであろうとなかろうと、病気で寝たきりの状態だろうと会社勤めをしていようと、人間であれ人間以外の生き物であれ、命あるものは存在自体に価値があり、神から無条件のゆるしを与えられているのであり、価値があるから我々はみな堂々と生きています。

キリスト教インテリの物言いに惑わされないようにしましょう。

不立文字、教外別伝、直指人心、見性成仏
(文字に絶対的な権威を措定せず、経論の教えとは別に自分の言葉で思想を語り、現在の自分のままで、自己の真実を明らかにする)

仏性は私たち自身の中にあります。

行き詰まったら 禅定をしましょう

人間は弱いので、ただ頭で理解しようとしてキリスト教関連書籍を読み続けても一向に状況が変わらないこともあるでしょう。
さらに、色々読んだとて「お前なんぞが本など読んで何が分かるか、何も分からんだろうさ」と言われることもよくあることで、もう嫌気がさしてきている人も多いでしょう。

そこで、禅定をしましょう。
仏性は私たち自身の中にあります。

曹洞宗の、ラフな感じの坐禅の解説動画

初めての坐禅

曹洞宗の坐禅の解説動画

禅 -The ZEN-

臨済宗の坐禅の解説動画

自宅で坐る

坐禅の基礎の本

普勧坐禅儀は道元禅師が書いた坐禅の基本を説明した本です。
坐禅の基本的な説明の他に、勇気の出ることも書かれています。

道元 「小参・法語・普勧坐禅儀」 <全訳注> (講談社学術文庫)

キリスト教について学びたい時はどうすれば良いかをみてみました。

キリスト者と求道者の必読書



クルマ社会と子どもたち (岩波ブックレット (No.470))



「年間子ども500人が亡くなり,7万人が負傷する交通事故大国.
日本社会のその歪みを正すために,どんな視点が求められているか.
昔遊び場であった道という空間が激変した意味をたどり,児童の認識能力を過大評価した「交通安全教育」万能論を批判し,社会的弱者の生活空間において交通量を制御する交通環境改善の提言を行う.」



交通死―命はあがなえるか (岩波新書)



「私たちはいつの間にか交通事故で毎年1万人以上の生命が失われるという現実を当たり前と感じるようになっている.
しかし機械的な事故の処理,「生命の値段」の決めかたに異を唱えるのは非常識なのだろうか.
交通事故で最愛の娘を失った著者が,事故当夜から刑事裁判,賠償交渉,民事訴訟に至る「人間としての死」を取り戻すための闘いを克明に綴る.」



子どもの命を守る分離信号―信号はなぜあるの?



「行政は、なぜ青信号を渡る子どもたちを見殺しにするのか?
『人間の注意力は不確実なもの』
信号システムを改善するだけで、確実に子どもたちの命が救えるはずなのに。」
「人と車を同時に交差させる一般交差点は、青信号を渡る子どもたちの命を危険にさらしている。
不確実な人間の注意力に頼る信号システム・交通行政を批判し、人と車の流れを分離させる分離信号の普及を提唱する。」



クルマよ、お世話になりました: 米モータリゼーションの歴史と未来



「アメリカはいかにしてクルマ大国になったのか?
クリーンエア最優秀賞受賞者がその知られざる驚愕の歴史を詳述し、クルマに依存しない豊かな生活のための方策を提案する。」

楽しい暮らしのために役立つマンガ


小中高の先生方が忙し過ぎるようで、子どもたちが「自分が主権者である」という意識を学べずに大人になるケースがかなりあるようです。
民主主義社会の一員として必要な基礎を子どもたちに教えてあげましょう。



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